アーナンダ・オク寺院の奥には、バガンで一番有名な寺院の
アーナンダー寺院があります。今回はアーナンダー寺院をご紹介したいと思います。
目次
アーナンダー寺院の場所
アーナンダ寺院は、下のGoogleマップの ⑪ の場所にあります。
アーナンダ寺院の正面入り口は東側になるのですが、私達はアーナンダオク寺院を先に見学したので北側の入り口から入りました。
入口前の通路の左右にはお土産物屋が立ち並び、見ているだけでも楽しいです。
通路の入り口にはこんな看板がかかっているので、迷うことはありません。

バガン王朝を代表する最大寺院
アーナンダー寺院(Ananda Temple)は、バガン王朝を代表する最大で寺院であり、モン様式とインド様式が融合した建築物で、最もバランスのとれた美しい寺院です。
その美しさから「ビルマのウエストミンスター寺院」の別名もあります。
また、アーナンダーの名前は「仏陀の教えは永遠である」という意味が込められています。
この写真は、アーナンダ・オク寺院から見たアーナンダ寺院です。

建立者のチャンズィッター王とは?
アーナンダ寺院は、バガン王朝の43代目王であるチャンズィッター王(西暦1105年)の時に建立され、雄大で均整のとれた外観、色彩、内部の黄金仏などどれもが素晴らしく、バガンを随一と讃えられています。
このチャンズィッター王について、少し触れますと・・・。
バガン王朝の初代王はモン族を破って統一を果たしましたが、2代目はモン族の反乱で落命し、3代目のチャンズィッター王がモン族との融和を図って国を落ち着かせたのだそうです。
なので、なかなか優秀な王様だったようです。
アーナンダー寺院の建築の特徴
バガンには創建時の建物が現存している寺院が4つあるそうで、このアーナンダー寺院がその中の貴重なひとつです。
バガンには、1975年の地震などで崩壊した寺院が多く、復元されているものがほとんどで、その中でバガン王朝のときのままの姿を見られるということは、ありがたいことです。
寺院のレイアウトは、下部が十字形となっており、中心部では上部がテラスを階段状に設け小さめのパゴダが数多く造られています。
中央の大きなパゴダと周りの小さなパゴダの頂上部には、ミャンマーの多くのパゴダがそうであるように「Hti(ティ)」と呼ばれる傘が装飾されています。
下の写真で、わかりますでしょうか?
中央の黄金のシカラ(高塔)に、円形の傘がついてます。

この建物は、月との融合を意識しているとされ、インドの建築様式の影響を受け、ヒマラヤの寺院を模して造られているそうです。
また、オールド・バガンにある10世紀から11世紀に建てられたパトダミャー寺院(Pathothamya temple or Pahto Hamya Temple)との建築様式の類似性も指摘されています。
美しい金色に塗られた過去七仏
アーナンダー寺院内部には、金色に塗られた過去七仏の立像が4体(倶留孫仏、倶那含牟尼仏、迦葉仏、釈迦牟尼仏)安置され、東西南北それぞれの方角を向いて立っています。
北のカクサンダ(倶留孫仏)

南のカッサパ(迦葉仏)

東のコーナガマナ(倶那含牟尼仏)

西のゴーダマ(釈迦牟尼仏)

仏様の特徴
これらの仏像は、高さ約9.5m。
過去28仏のうち最も新しい4人の仏を表しているそうです。
過去28仏とは、お釈迦様を基準にして、過去に現れた仏様28仏のことです。
このうち北と南の仏様は、創建時のオリジナルだそうで、後世に造られた東と西の2体に比べると、バガンの高い芸術性を実感できるといわれています。これら2体は、一本の松の木でできているそうです。
東の仏像は火事でなくなってしまい、西の仏像は地震の時に壊れたので、その後(14、15世紀)に新しく造られたものだそうです。
これら4体の仏像が11世紀頃と14、15世紀頃の仏像の造り方の違いを表しているそうなので、意識しながら見てみると、面白い発見があるかもしれませんね。
残念ながら、私は、お顔の違いぐらいしかわかりませんでした。
また、この南の仏様には、とて面白い見方があります。
遠くから見ると、とてもお優しいお顔をされており、近くから見ると、とても厳しいお顔をされている
のです。
少しずつ後ろに下がりながら眺めると、少しずつ微笑んできます。
最も遠い所では最も微笑んでいるように見えます。
これは、現在の仏像の美術文化では、なかなか見られない手法だそうです。
というのも、当時、仏像を近くで拝見できるのは王様、貴族など高貴な身分の方だけでした。
そのため、民衆は遠くから拝むことしかできませんでした。
それで、民を束ねる高貴な身分の方には厳しく、民衆には優しい表情をされていると言われているのです。
入口付近までしか近づけない一般の国民には安心して幸せで暮らすようにと、優しく微笑むお顔に見えるように造ったそうですよ。
遠くから見たときの仏様の優しいお顔

近くから見た時の仏様の厳しいお顔
拡大写真になるので少しぼやけていますが、確かに、少し厳しく見えますね。

18世紀に描かれたブッダの生涯とパガンの歴史の壁画
またアーナンダー寺院の中にある建物には、18世紀に描かれたブッダの生涯とパガンの歴史の壁画があります。

この壁画を見て、何か不思議だと思いませんか?
そうです、お顔が3つあるのです。
何の仏様なのでしょうね?
このアーナンダー寺院も、建物は健在だったものの、1975年の地震で大きな損傷を受けました。
そのため、その後に修復が行われ、壁画や漆喰の壁が美しい状態で復元されています。

外側の回廊にあるブッダの人生を表す「仏伝図」
そして、この寺院には、もう一つ、隠れた最高傑作がありました。
外側の回廊にあるブッダの人生を表す「仏伝図」です。

上の見取り図のとおり、寺院の内部は、東西南北に4つの入口と参道があり、内部には回廊が2重になっています。
内側の回廊は、王族と宮廷人用で、外側は庶民用だそうです。
なぜかといいますと・・・
王族と宮廷の人達は近くからお参りできるように内側の通路を使い、国民は外側の通路を使ったと言われています。


その2つの通路には明かり取りと風通しのため、窓のようなものがいくつか造られ、様々なサイズの仏像が祀られています。
当時、寺院の中は仏像が2万体近く迄あったとも言われていました。

これらの仏像は、ブッダの一生を描いている仏伝図となっており、
1つ1つの仏像を、見ているだけで楽しかったです。
マーヤ婦人の脇から生まれた誕生のレリーフ(50番)
中でも、マーヤ婦人の脇から生まれたという誕生のレリーフは最高傑作として有名です。(50番)


写真では、とても分かりにくいのですが、マーヤ婦人の脇の下に、確かにブッダが誕生していました。
後剃髪をして出家したレリーフ(271番)

苦行でがりがりになったレリーフ(283番)


見つけるのにとても苦労したので、番号と上の見取り図を参考に探してみてくださいね。
でも、見つける楽しみもあるので、そういう方は、まずは自力で探してみてくださーい。
拝観時間は、午前7時から午後8時までです。
バガン遺跡めぐりエリア別完全ガイドのページはこちらから